新規

最近はお仕事続きで全くと言っていいほどライブ行くペースが落ちたんですけど、そんな中でも感じていることをつらつらと。

 

まぁ最近でもないんだけど、すげぇなぁと思ったのはRED-iね。MELiSSA目当てだった去年の7月に見たライブ、ほぼほぼ知識もなく見たRED-iは普通にいいステージだなという感想の中「新体制になったばかり」的なMC聞いて6人中3人がここ一ヶ月以内での新加入という情報。隣りにいた働き蜂と「誰が新メンバー?」と話し合うほど分からんかった。新規加入だからこそのステージ上での緊張感や立ち振舞なんかを考えてもわずか一ヶ月であそこまで出来るんかという驚き。鹿鳴館で度肝を抜かれたAIBECKもあのとき6人中4人は加入してわずか半年ほどだったことを知ったときのような衝撃。さらに(新加入組の)みゆ・かろあ・しうの歌唱力・ダンス・ビジュアル。どうやってこの3人集めたの?っていうのもMELiSSA(あいな・みさき・ゆうき)にも似た感覚。

 

ライブあとに特典会いって話し聞いたら実は加入後2ステージ目?だったボイハルのれのやそして激しめのダンスグループディンキーのゆうあ辺りもステージング凄いし、やっぱ多くのグループはアイカレや姫路HOP(KRD8/WTE)のようないわゆる「候補生・研修生制度」を採用出来ないので、どこかのタイミングで即戦力としてグループを背負ってステージに立たなければならないわけで。そのタイミングが間違っていなかったからライブで違和感もなく堂々としたステージを見ることが出来るし、楽しめているのかなぁって思う。

まぁ、勿論事務所サイドや一番は周りにいるメンバーのサポートが大きいんだけど、ステージ出ないと分からないこともあるだろうし、場数を踏むってのは大事。

 

とは言え、カイジューや(アドット後期から)スパンコール、Finallyのようにメンバーが変わらず突っ走って行けるのが一番なんだろうけど、それでも数多のアイドルグループの中から自分の理想とするグループに加入したであろう場所でしっかりと輝けているのは素晴らしいことよね。

systematic

カイジューバイミーワンマンを終えて。

 

今日は結構カイジュー初見の方多かった気がする。とても良い。理想的。そして、n回言っているけどスパンコール含めてILUのファンはフロアの作り方が上手い。多分、初めてカイジューを体感した人たちに与えた印象はプラスに振れたんじゃないかな。

 

個人的にMELiSSAにハマった理由は色々あるんだけど、その中でもデカかったのは振りコピに「サビ」があることだったのかも知れない。代表的なUTPAやMELiSSAMELiSSAのサビでフロアが一体になって振りコピする。それが楽しいし、MELiSSAが盛り上がれた一因。

その流れでカイジューもクラップや振りコピなどを織り交ぜて、一曲一曲違った表現方法を確立させ、初めての人でも「真似がしやすい」システムになっている。それが出来るのはフロアの至るところから同じリズムのクラップが聴こえてきて、あちらもこちらも同じ振りコピをしている。しかも振りの難易度も高いわけでもないし、だから初めての人も横と同じことをすれば「ライブに参加」出来る。

ライブに参加することで、ステージの印象も色濃く残るだろうし、その結果カイジューへの印象も強くなる…と思う。

 

それにはまず今日の新曲『茜』。これが次にライブで掛けられた時にファンがクラップや振りを試す。どうすればステージと一体感を増せるのか。その場にいる人たちがリズムに合わせて、自発的に手を叩いてみる。それがハマれば次のライブで、また次のライブでとどんどん構築されていく。

この作業は勿論カイジューに限った話でもないんだけど、ILUの2組はこの構築されたシステムの実行率が高い。Killer Tuneなんかでは、ほぼ全員同じクラップ、同じ振りコピ。あとは、全ての楽曲それぞれに作り上げていること。これ結構重要。否定したいから言うとかじゃなくて、リアルな疑問として常々持っているのが「せっかく一曲一曲違うのに、何でわざわざMIX打って同じリズムと歌詞つけちゃうんだろう」。あの曲もこの曲も違うのに、イントロでスピーカーから流れてくるメロディを掻き消してまで何で同じリズム付けちゃうんだろう。MIX打つなら、一曲一曲違うものを創造すればいいのにな、って思いを持っているんだけど、ILUはMIX(事実上)禁止なので、それも楽曲に対するリスペクトを上げているのかも。知らんけど。

閑話が休題するけどついでに。こちらも公式にMIX禁止しているんだけど、日々聴いている中でSymdolickの楽曲ってイントロがめちゃ強(ワクワクする感じ)いんだけど、ライブでMIX打たれちゃうと(禁止だからその心配ないんだけど)そのお強いイントロが聴き取り辛くて楽曲に対するイメージが上がらないんだよね。作曲家の心情は代弁出来んけど、フロアにいる者としては「音楽聴かせてよ~」となる。

 

ただ黙って見たい人はそれでいいし、決して強要はしない。まぁ、どのアイドルファンも強要している人見たことないけど。それでもクラップは伝播しやすい(振りコピが恥ずかしくても手を叩くだけならし易い)し、楽曲に合ったクラップならよりノリ易い。

ノリ易いだけに今日みたいな初めての人が多いと普段のライブとは違うタイミングでもクラップが続いたり止んだりもする。構築されたものと違うフロアになる。それでも構築している人たちもそのリズムを大切にして普段叩かない手を止めなかったり打ち続けたり、フレキシブルに対応もしていた感じがして、それは新規の「変なところでクラップしてもうた」と言う羞恥を隠せる。

それぞれがどう表現すればステージの上の菜月・エレナ・華希・ミーアにこの抱いている感情を楽曲に乗せて届けられるか。その思うままの感情を「作り上げたシステマティックな表現方法」に乗せれば現しやすくなるわけやね。

 

「いつもの」応援があるからカイジューバイミーは普段とさほど変わらずステージに立てている、ってのもあるのかなぁ。

いつも通りでいいです。いつも通りいればステージが自然と輝きます。そして、ステージが輝けば初めて見た人にもきっと輝きは伝わる。

怪獣記一曲目に持ってきた『全力シルエット』は「表現方法を構築している、カイジューバイミーを愛する人たち」だけが挙げられた両腕だったのが、セトリラスト前にもう一度来た全力では「輝きに心を奪われた人たち」の両腕も挙がっていた。

クアトロに集まった人全てで作り上げた今日の『怪獣記』なのでした。

DD

MELiSSA、LAST LIVEが終了しまして。MELiSSAに関して書くかと思いきや、全然違うこと書きます。

 

以前、他のグループが解散(?)する際に、そのグループ推しの方とちょっと話したことがあって。俺的にはまだ知ってから4.5ヶ月くらいしか経っていなかったので「解散は惜しいな」って気持ちがあったんだけど、推しの方的には「十分に推せた」とやり切った感が出ていて、「はー、そんな感情になるんかー」とか思っていたけど、実際自分がその立場になったときにはほぼ同じ様な感覚。今日ライブが終わって、十分に推し切れたと言う充実感もちょっとだけあって。

 

そもそも、何でここまでMELiSSAに着いてこれたのかって考えたときに、まぁ楽曲の良さとかメンバーの良さってのもあるんだけど、ライブにおける感情の発露が出来るってのは大きかったのかな。

これは全くの自分の考えであって、違うとか違わないとかそう言う話じゃないんですけど、時々書いているキラキラアイドルとギラギラアイドル。舞台の上で如何にレッスンの成果を出して観客を魅了するかが勝負のキラキラアイドルは、例えばライブを見ていても「振り付けがすごい」とか「あの子が可愛い」とかで引っ張られるしかなくて、アイカレなんかは大人数でのフォーメーションの綺麗さや大人数ならではの「好みの子」を見つけられる分母が大きい。

だから寸分違わずに出すことを求めていて、そう言った意味合いで言うとルーチェとかは割りとキラキラアイドル系の到達点なんかな、って思う。あのダンスはすごい。そして全くないとは言わないけど、やっぱり楽曲で引っ張られる線ってのはなかなかなくて、その中でもWT☆Egretの様なキラキラだけど楽曲がズバ抜けているところとか、C;ONみたいにバンド編成で見せられるところは惹かれやすい。なんかアイドルを語る上で「楽曲派」があまりいい意味で使われてない風潮にある気がするけど、やっぱ楽曲を極めているところを実際に知ると、そんな感覚なんて何でも無くなる。

 

で、自分の中でギラギラアイドルの(出ている対バンの)楽曲に「ぶっ刺さる」のが多くて、前述のキラキラではあるけどWTEの『SHIRASAGI DISCO』なんかがそうだし、Symdolickの『Psychology』だったりカイジューバイミーの『全力シルエット』、スパンコールグッドタイムズの『世界の隅の真ん中で』、ウイバナの『初花』、AIBECKの『HELLO』、POPPiNG EMOの『覚醒サテライト』、SHOCKiNG EGOの『シンデレラストーリー』…こんなん書いていっても枚挙にいとまがない程なんだけど、それらの楽曲って「こちら側からもリアクションが出来る」言うなればクラップや振りコピなんかを要求されて、それをこなせば楽しめる。この楽曲えぇやん。その楽しさを表現したい、伝えたい。それが感情の発露に繋がっているんかな、って思う。キラキラアイドルでも勿論ペンラ振ったり推しジャンしたりあるんだけど、まずペンラ持ってないのとジャンプなんかも単発って感じで割りと勇気いる、気がする。

グループの名前も楽曲も知らない状態で聴いて、次に対バンで被ったときにその曲が流れると「あぁ、あのグループか」となるほどのパワーがある楽曲がギラギラ系に多い。それは完全に自分の好みの問題だけど。

ちょっと前に、MELiSSAMELiSSAやLETTERSなんかを作って下さったハシバさん主催のライブに行ったとき。MELiSSAに関してはいつも通り振りコピで感情の発露をしていたんだけど、ハシバさんの曲のときには当然振りコピなんて無くて、どうやって音楽に対する感情を表せばいいのか全くわからなかった。それでも前に出てハシバさんと一体になっている人たちは自分勝手に腕を上げ、モッシュしたりでわちゃわちゃ。なるほどなぁ、そのまま体が動けばいいのかぁ、と。ただ初見でそんなに体動かないんですよねぇ、だからこそMELiSSAの振りコピはもはや自動的に体が動くシステム。カイジューやスパンコールもそう、最近だとFinallyやSTRAY SHEEP CLAYMORE、BOY MEETS HARUなんかも何度かライブを見て覚えちゃえば一体感を出せる。そしてぶっ刺さる楽曲を染み込ませて更にライブが楽しくなる。それが毎回出来たからMELiSSAのライブは今日までずっと楽しかった。

 

「ステージ上がってSE流れて無音からいきなり全力シルエット菜月の歌声ドンで惚れないなんてありえないでしょ。」

今後のアイドルライブに思うのは、某氏とカイジューの話ししたんだけどアイドルなんだから可愛いのは当たり前、それでも楽曲にこだわってステージで魂かけてるギラギラのアイドルたちがもっと報われる世界になってくれねぇかな、って思う。テレビ出てるから、知名度ある子を引っ張って来たから、顔面で選んだから。勿論やり方としては正解で否定するところなんて全く無いんだけど、日々地下で鎬を削りあってる子たちの楽曲にも耳を傾ける世界。動員も大事だし、ビジネスで考えりゃそこが全てなのは分かるんだけど、それで才能が表に出てこれないのは寂しい。MELiSSAのライブでCYCLONEが燃焼した現場も見て欲しかった。コロナもあった、TIFに台風が直撃してしまった。世に出る機会が減ったのは間違いないんだけど、フロアの熱量は落ちなかった。それだけ力のあるグループだった。その力を純粋に認めるライブが増えますように。

 

DDってアイドル(ファン)用語、あまり良いイメージないですよね。一途が一番。あの子に浮気してるの?それでも俺はDDになっちゃうなー。MELiSSAが一番だったけど、そのなかでも他にぶっ刺さる音楽をたくさん聴きたいし、ぶっ刺さる子のステージも見たい。

MELiSSAラスト前に名古屋から飛び込んできた訃報。地元でもない、遠征でしか会えない。しかも数多くいる中でほぼ唯一と言っていいくらいの知っているアイドルグループのメンバーの死。それでも「出会えたことへの感謝」はあった。特典会で会いに行ったときの笑顔。他のメンバーが休みを余儀なくされた中での、一人だけでのステージ。出会いがあったから全てが思い出になって、全てが素敵な時間に感じる。ステージで頑張っているアイドルの笑顔も見たいし、楽曲も楽しみたい。それがDDと言われるならDDでいいですよ。それがMELiSSAを推す道中で感じたこと。だから、明日からMELiSSAのステージは見れないけど、きっとライブには通い続けている自分がいる。

 

楽曲やステージだけじゃなくて、色々と感じさせて考えさせてもらった3年弱。他のグループのメンバーもファンの方も見に来てくれて、ツイートしてくれて、MELiSSAの新たな旅立ちを感じてくれた。ステージの上のメンバーが何より楽しく笑顔で別れを告げてくれた。やり残したことは、ない。だから、俺も推し切れたんだと思っている。

考察

今のMELiSSAと前のMELiSSAについて。

そもそも「アイドルのライブ」と言っても個人的には大きく分けて2つのステージがあって、1つは「ステージでキラキラしているアイドル」見に行くタイプと、もう1つは「ステージと一緒にバチクソブチアガる」タイプ。前者がアイドルカレッジ、後者がMELiSSA。
前者に関してはアイカレ以外ほぼ知識がないので、後者に関して掘り下げて話を進めるとす。


バチクソステージも更に分けると「ストレートに楽曲を聴く中で盛り上がる」タイプと、「楽曲に内包されたエモーショナルをぶつける」タイプがあると思っていて、前者はMELiSSAやSymdolick、スパンコールグッドタイムズ、STRAY SHEEP CLAYMOREなど。後者はAIBECKやカイジューバイミー、白色のマフィア、BOY MEETS HARUなど。

何が違うのかと言えば、前者は「譜面に合わせて歌う」、後者は「譜面を基本としつつも、ライブの空気を重視」的な。
MELiSSAについては母体がアイカレなので、やはり「正統派」の雰囲気を残しつつ、歌唱もダンスもレッスンでやっていることをそのままステージに持ってくる、そしてステージでレッスンの最高値を目指すことが目標(みたいな感じ)。
一方エモ派のグループは、勿論レッスンの最高値を目指すことは変わらずとも、歌唱に関しても振り付けに関してもレッスンをいかにトレース出来るかよりも、フロアの熱に対して歌唱が雄叫びになろうがダンスが大振りになろうが、熱量とのバランスでその選択が良しとするならば如何様にも変えられるし、それがそのステージでのエモーショナルと捉えられる。


前者の「レッスンでの最高値」と、後者の「変化したエモーショナル」は見ているこちら側の受け取り方に委ねられるけど、目指すところはそれぞれ「自分のグループがこの対バンでのNo.1」だし、そのグループの持っている特性なのでどちらが勝っているとかはないけど、それでもこれまで「アイカレの中の1ユニット」だったMELiSSAが一人立ちして、アイカレでは出ることのなかったような「観客がバチクソを求めている」対バンに出ることになった。
PARU.BAYASHi.AYU.MUTSUMi.HANAMiの「アイカレ兼任」で立ち上がった5人から、アイカレではない、アイドルが出ているようなキラキラアイドル達のステージを経験したことがないAiNA.MiSAKi.YU-Kiが加入して、その中で必然的に「正統派」の楽曲の中にも「エモーショナル」が入り込んできた、って部分はあるのかと思う。


勿論楽曲は変わらない。ならばどうやって観客に受けやすくエモーショナルを出すのかと言えば、例えば当初は自分たちで振り付けていたダンスも海老原優花先生(アイカレで一番ダンスの受けが良い『せいしゅんしもべティック』を振り入れたアイカレのリーダー)に頼んで振り付けしてもらう(UTPA.レクイエム.MELiSSAMELiSSA.LETTERS)とか、LEIWANやAIBECKの振り付け師でもあるaya先生(Dances with Wolvesも振り付け)に指導してもらい、従来のダンスをより攻撃的に、バチクソを求める観客にハマるようにブラッシュアップしたりもした。

そして歌唱の部分も変わる。加入当時はこれまでの正統派を軸としたMELiSSAを踏襲していたけど、AiNAはPARUから引き継いだアオりを強化させ、MiSAKiはポイントのソロやオチサビのあるMELiSSAMELiSSAやDances with wolves、DiSEASEなどで絶叫・咆哮などを見せ、YU-Kiはそもそもアーティスト寄りの歌声をアイドルに落とし込んでいたけど、TIF歌うまいのグランプリでより一層自信をつけてロングトーンも多様するようになって、いわゆる「元の譜面からの外し」を見せることによってエモーショナルの片鱗を獲得する様に変化している、と勝手に思っている。


まぁ、観客も二分されている気はしますね。キラキラを求める人、バチクソを求める人。
MELiSSAがバチクソを求めるライブに数多く出るようになっているので、歌い方もステージの見せ方も日々進化させていると受け取れるので、毎回見に行けているんだと思います。

見続けるから、違いに気付く

覚醒のアドット FINAL ONEMAN。
4人が口を揃えて「変わりたい。」と言った。今日のライブと5日のCYCLONE、先月のZAWAFes。彼女たちのライブパフォーマンスは何が違ったのだろうか。


アイドルちゃん達の何が凄いって、ちゃーんとコッチのことを覚えてるわけよね。まぁ、ほのたんみたいに「○年前の○○(会場名)で会ったよねー。」とかなんやその超能力的な記憶力みたいな子もいるし。とにかく「ファンを覚える」のが当たり前、必須事項みたいな流れがあって、だけどそれはライブの度に足を運んだり、その都度特典会に行ったりするから覚えられるのであって、そら一年振りに行って「覚えてないの?」なんてヤツもいて、受け取り方は十人十色だから一概には言えないけど、個人的な意見としては


で、5日のCYCLONEでMELiSSA(MUTSUMiお休みだけど4人全員)と、カイジューの華希。そして今日はアドット4人に言われたのが「髪切った?」
会話の一つとして出したわけでもあるけど、それに気付く貴女たち。貴女たちが髪を切ってもほぼほぼ気付かない(白マのこのよくらいバッサリいけば分かるけど)のにすいません。
でもこれに気付くのは、髪を切る前と切った後に会いに行っているからであって、例えば今の俺が初めましてしに行くアイドルに対してのイメージは「髪はスッキリの人」になる。


「変わる」ってどういうことなのか。
これまでのアドットを知っていて、これからの4人を見続けるファンだけがその違いに気付く。


ファンはね、優しい言葉を言うのよ。「良かったね」「凄かったね」。ま、特典会だと時間もないからそうなりがちなんだけど、やっぱり推しちゃんの笑顔を見たいから「変わったね」って言う。でも本当にCYCLONEでのアドット、ZAWAFesでのアドット、そして今日は青山でのアドットは何か違いがあったんだろうか。
もっと言うと、解散宣言前と今のステージ、何か変わったところはあったんだろうか。それに気付くにはあまりにもアドットと関わった時間が短すぎている。もちろん初めて見た去年よりはステージの迫力が増している「気がする」。本人たちが意図してステージを作っているならばその「変化」は良いベクトルだとは思うけど、いちいち「ここをこうやって変化させました」なんて言わないので、それはライブを見て感じ取るしかない。

ライブを見る側としては例えば「まひろの歌声もっと聴きたい」って人もいるし、「もっとりこに歌わせてくれ」って人もいる。「いつにも増してなおの熱が凄かった」って人もいるし、「たろすのMC、珍しくキレがあった」と思う人もいるだろう。ライブですから。ナマモノですから。やり直しがない、まさに「今持っている全てを出す」、そしてそれを見て十人が十通りの感想を持つ。本人たちが変えたことも、伝わるし伝わらない。その試行錯誤を繰り返さないと結果名前を変えただけになってしまう。
解散からの(まだ詳細はわからないけど)名前を変えて再出発。これは罪だと思う。本人たちは本当にこのまま解散するか、それとも続けるか。この何ヵ月は迷いに迷って、結果として「続ける」と言う着地をした訳だけど、しかし、今日集まったファンはその罪をどう受け止めるか。多分。多分だけどほぼ全ての人が「良い変化」として許したんじゃないだろうか。それはこれまでのアドットが好きで、なお・ももか・りこ・まひろが自慢の推しで、楽曲の良さに惚れた人たちだから、これから変わっていく元アドットを見続けることが出来る喜びが勝ったのかも知れない。
これまでにアドットに出会った人たちはなだらかながらも変化に気付く努力をする。「変わったね」と声を掛けてあげたいから。そしてまだアドットに出会っていない、元アドットを知らない、顔も知らない、髪を切ったことも知らない人たちには目にするときが初めてだから「変化」なんて気付かない。それでも伝わっても伝わらなくても「伝えたいこと」を4人で積み上げていけばこれまでになかった新規のファンの獲得と言う変化にも繋がって行く。これまでと何かが変化した姿が初めての人に訴えていく。ライブで生きていくアイドルにはそれしか無い。


変わる。変化する。それを「進化する」とイコールにしていけばいいと思うし、どうせ罪を犯してまで変化するのであれば進化する以外に道はない。
でもそれは4人だけで変化するものでもない。4人を目の前にしたライブのオーディエンスの心も変化させないと。
昨日よりも進化したパフォーマンスを披露して、観客の心を引き込むステージをこれからも期待しながら。

ちなみに個人的にアドットのライブで変化したのは、クラップのタイミングや振りコピがほぼ全ての楽曲で対応出来るようになったことかな。覚醒のアドットのライブがより楽しく感じたことが今日の変化かも知れんね。だから、ZAWAFesより、CYCLONEより今日のアドットも少しずつ進化していたのかも知れない。

時間潰し

ライブハウスに入場したものの始まるまであと30分もあるので、その間にどこまで書けるかのお試しブログ。


一応断っておきますが、どこのグループがダメとかそう言う話ではなくて、素晴らしさのみをお伝えしているつもりです。


昨日は青山でILUの2組(カイジュー・アドット)が3本立てのライブやっていたんだけど、何が良いってツイッターにライブの感想がめっちゃ上がっているのよね。羨ましい。
やっぱライブの感想ってツイートみたいな形に残すことによってメンバーのモチベーションも上がるし、それを見て「良さそうなグループやな」と思ったくれる人もいるかも知れない。いいことだらけ。

文才がどうとか言われると個人的にもまいっちゃうけど、とにかく感じたことでも何でもいいから全世界に向けて発信することもグループにとって微力ながらも手助けと言うか、大切なことだと思うんよ。情報も日々の出来事もツイッターで摂取しているわけで、誰が見てなくても取り敢えずそのTLに「楽しいライブだった」と垂れ流していく姿勢。
勿論推しのグループだけでなくても、気になったグループでもいい。誰にも届いてないってことはなくて、自分のことを書いてくれて嬉しくないアイドルはいないと思うし。


そう言った意識を持っているファンが居ればいる程、そのグループはツイッターと言うツールを上手く活用して、もしかしたら新規ファンの獲得に繋がるかも知れないね。

またあと20分ある。


まぁ、あとはILUのファンの人たちは質が高い(何目線
昨日はえれ&みあの生誕祭だったけど、以前行ったまひろの生誕も実行委員の人たちがしっかりと作り込んでいたし、回りもしっかりと協力していて本人たちにとっても嬉しい日になったのではないかと。
そして個々で会話とかは当然しているけど、周りに配慮すると言うか大声で騒いだりとかはしゃいだりとかはせずに節度を持っている感じ。でもライブになればそれぞれのパフォーマンスに合わせて高められると言うメリハリ。
グループの雰囲気を作るのはアイドルだけじゃなくて、ファンの力も必要なんだと改めて感じたのねー。





https://xgf.nu/ZnB0

13th

イカレ13周年ライブ。
思ったことをつらつらと。


ちょっと前にゴキ帝解散の報を受け思ったのは、どれだけいい楽曲を持っていてもグループとしての活動を終了してしまうと、共に楽曲も消失(ライブで聴けなくなる)してしまうのが一番つらい。
かと言って何百年何千年続くグループなんて無いわけだから、一日でも長く活動をしてくれるグループを推せているのはそれだけで幸せであって、その13年と言う歴史の中でデビュー当時の楽曲も色褪せずに歌い続けているアイカレはスゴい。


個人的な嗜好でハマるハマらないって問題だけど、最近は(MELiSSA界隈で)様々なアイドルグループを見ているけど、今日のライブを見てやっぱりアイカレはレベル高い。
Teen'sやカイジュー、AIBECK辺りのグループもステージが強くていつ見てもいいライブと感じるけど、アイカレと何が違うのかと言うと、MELiSSAも含め上記グループはステージからオーディエンスを引き込む(巻き込む)イメージで、対するアイカレはステージに惹き付ける感じ。要するに、ステージに立っているメンバーや楽曲に何かしら琴線が触れるところがないと関心を持てない。
だけど、何回となく書いている通りアイカレはパフォーマンスが高レベルでまんまと引き惹き付けられている。


ライブ中にふといつものライブと感覚がダブって来て、今、目の前で歌っている逆転のヴァルキューレがKiller TuneでCYCLONEのステージだとすると、これより高いレベルのステージはなかなか見れないなと。

13周年と言うことで、今日はOGメンバーも多数ステージに上がったけど、「久し振りで一曲でも疲れた」と言いつつ、そのパフォーマンスは素晴らしく過去に見たことはなくても十分にアイカレとしてのクオリティがあった様に感じた。
そこにアイカレのレベルを感じたのは、これまで90以上ある楽曲を歌い続けて、自らでバトンを離すときもしっかりと受け継いで来たんだな、と言うこと。だからどのメンバーであっても高水準なステージを披露出来ているんだろうなと。


そして、ちいちいやゆいぽんを始め、歴史を紡いで来たメンバーの動き一つひとつに毎ステージ違う感覚があって、いつ見ても同じ楽曲でも毎回新鮮味を出せているイメージを受ける。
アオリやセトリでイメージを変えなくとも、ステージに立つだけで違いを産み出せる凄み。13年を凝縮した個々の努力もそこにはある。

まぁ、あんま言うことでもないけど「場数を踏んでいるっぽくて何か見た目はいいけど『(ステージを)こなしてる、要領がいい』パフォーマンス」と受け取れるステージもたまに見るんだけど、アイカレにはその感覚が全くないんだよね。
色々と「やっぱり」スゴいグループだと感じた今日のライブ。


あと、毎回普通に2時間半とか平気でやるのもスゴいわ。もうぱるなですら着いていけない。